Nakanooenooji_Nakatominokamatari
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第二部◎乙巳の変2727 ともあれ、こうして石川麻呂は中大兄皇子・鎌足の味方に引き入れられた。『家伝』によれば、続いて鎌足によってクーデター計画への参加の説得が行われた。蘇我氏一族の中でも本ほん宗そう家けへの権力の集中は強化されており、石川麻呂も一つ間違えれば境さかい部べの臣おみ摩ま理り勢せの様に誅ちゅう殺さつされるおそれもあった。こうした事情も、石川麻呂が中大兄皇子に与くみした背景にあったに違いない。そしていよいよ具体的な計画が練られた。 刺し客かくに選ばれたのは、佐さ伯えきの連むらじ子こ麻ま呂ろと葛かずら城きの稚わか犬いぬ養かいの連むらじ網あみ田たの2名である。手順は、皇こう極ぎょく4年(645)6月、三さん韓かん進しん調ちょうの儀ぎ式しきが行われる。朝鮮半島三さん国ごくからの貢こう納のうの儀式という、倭わ国こくにとって重要な儀式であるから、入いる鹿かも参加する。そこで、表ひょう(調ちょうの進しん上じょうに伴ともなう文ぶん書しょ)を石川麻呂が読み上げるように段取りする。読み上げの間に、入鹿を暗殺する。なぜ、表ひょう文ぶんの読み上げを石川麻呂が行う必要があったのかは、『日本書紀』の記述からではよく分からない。読む速度の調整などが必要だったのか、一族の石川麻呂が読み上げていることで、入鹿が油断する事を期待したのか、等の理由が想像される。 一方、『家伝』には興味深い記述がある。この三韓進調は虚きょ偽ぎであり、偽いつわりの儀式が罠わなとして用意された、というのである。この場合、儀式運営の重要な役割は、虚偽の儀式に加か担たんする人物で固めておく必要があるから、石川麻呂が読み上げるという配役も納得できる。それにしても、外交関係にも関わる重要儀式のでっち上げが可能であったというのは、にわかには信じがたくもある。国際関係が緊張する中、実際に高こう句く麗りや百くだら済の使し節せつは来らい日にちしており、一定の真実味がある一方、3カ国がそろって朝貢するというのは極めて珍しく、倭国にとっては大変に目め出で度たい事態であるから、多くの人々がだまされてしまったのであろう。むろん、今こん日にちに伝わらない賛さん同どう者しゃ・協力者も多く居たはずである。

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