Nakanooenooji_Nakatominokamatari
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第二部◎乙巳の変2929 不審に思った入鹿が事情を問うと石川麻呂は、天皇の近くであるために、恐れ多くて不覚にも汗が出てしまいましたと、なんとか取り繕つくろう。刺客が入鹿をおそれて動けず、石川麻呂も進退窮きわまりつつある状況に業ごうを煮やした中大兄皇子が、入鹿の座す建物内に飛び込み、「や」と叫んで剣を振りかざして入鹿に斬りかかると、佐伯子麻呂も追つい従じゅうして切りつけた。 入鹿は、最初の一ひと太た刀ちを身体上部の頭・肩に受け、おどろいて立ち上がる。立ち上がったところの脚あしを子麻呂が切りつける。脚を切られた入鹿は、建物から出て皇極天皇が御す「大極殿」の「御ぎょ座ざ」の前に転がるように行き「自分は罪を知らない」と訴うったえた。驚いた皇極天皇が中大兄皇子に事情を問うと、中大兄皇子は「地に伏して」入鹿は天皇位の簒さん奪だつを目もく論ろんでいるので誅ちゅう殺さつする旨むね返答し、それを聞いた皇極天皇は立ち上がって、内裏内へと入って行ってしまう。 建物の最も近くに刺客二人、少し離れて長槍を持った中大兄皇子、弓矢という武装からするとやや離れた全体を見渡せる場所に鎌足が待機していたと思われる。刺客が建物内に突入し、中大兄皇子・鎌足は外で逃走などに備えている計画だった。実際には中大兄皇子が最初に建物内に飛び込んだため、野外に適した長槍ではなく、小回りの利く剣を用いることになったのだろう。佐伯子麻呂は計画通りではないものの中大兄皇子に続いて突入した。子麻呂は、この後の活動も知られ、一定の活躍を認められたのであろう。一方、稚犬養網田の動向は分からない。網田は、とどめをさす場面でのみ登場しており、いうなれば大勢が決してからのこのこ出てきた観がある。高い評価は得られなかったらしい。一方、鎌足の具体的な行動は確認できない。やや離れた事件現場との距離感といい、活動内容といい、不気味な印象を受ける。 殺害された入鹿の遺体は、席むしろ障しとみ子を掛かけただけで庭に放置された。雨が降り、庭中に溢れたとあるが、儀式中から降っていた様子には思われない。旧暦6月という季節を考えると、夕立であろう。激しい雷雨の中にうち捨てられた権力者の遺体という構図は、『日本書紀』の中でもかなりドラマチックな情景の描き方である。図 14 蘇我入鹿首塚(奈良県高市郡明日香村飛鳥)

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