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第三部◎大化改新3737 また、鎌足の活動もほぼ確認できない。『日本書紀』のみならず、『家か伝でん』をみても、漠ばく然ぜんとした表現で褒ほめ称たたえる記事が並ぶだけで、孝徳朝における具体的な活動は記載がない。藤ふじ原わら氏の記録にも、この時期の鎌足の活動は記されていなかったとみられる。 孝徳朝は、大化改新をはじめとして、日本古代国家史上重要な時期と目されるが、中大兄皇子と鎌足は、その樹じゅ立りつでの活動に比ひして、政権内での具体的な活動がほとんど知られないのである。公地公民制地方行政制度、軍事・交通制度第1条第2条第3条第4条こ しろみやけかきべじき ふみさとくにのみやつこふ はくた どころせきそこうかみさきもりはゆ ま(えき ば)(てん ま)つたわりうますずしるし天皇等の子代の民・屯倉、豪族の部曲の民・田荘の廃止、豪族への食封・布帛の支給班田制こ せきし ちょうよううね めけいちょうちょうのそわつものり戸籍・計帳・班田収授法、里の設置(50戸1里)、町段歩制税制調(田の調と戸別の調)、調副物、兵士、市丁、庸、采女地方行政制度…京師(京・都のこと)の制定、畿内の範囲、国郡(評)の設置地方管制…国司、郡司(もと国造など)、里長の任命軍事・交通制度…関塞・*斥候・防人・駅馬・伝馬・鈴契*北辺守備またはのろしをつかさどる人り ちょう(さとおさ)図 19 大化改新の詔の内容

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