筒井順興 つついじゅんこう

1484-1535(文明16-天文4)

筒井順尊(1451-89)の次男で、大永元年(1521)存命中の兄筒井順賢から家督を継いだとされる。戦国争乱のなか大和国人衆と抗争を繰り広げたが、永正17年(1520)、国人間で和睦の動きが起こり(国人一揆)、対立していた越智氏と手を結んだ。子女が多く、それによって国人衆と姻戚関係を結び、一揆体制の維持につとめた。また畠山氏の内紛では河内守護畠山稙長方につき、これを機に大和に勢力をひろげた。