筒井順慶像
(所蔵:伝香寺 写真提供:奈良市教育委員会文化財課)

五輪塔覆堂
筒井順慶の墓所で、建物の中には順慶を供養する五輪塔や、また一周忌に寄進された石灯籠が残されている。

筒井順慶 つついじゅんけい

1549-84(天文18-天正12目)

筒井順昭(1523-50)の子。父の死により、わずか2歳にして家督を継いだ。大和守護代として一国支配を進めたが、永禄2年(1559)にはじまる松永久秀(1510-77)の進攻により筒井城を追われた。のち反撃に転じ、久秀と大和の覇権争いを繰り広げた。明智光秀(1528?-82)の配下として織田信長(1534-82)に仕え、天正4年(1576)大和守護に任ぜられ、同8年(1580)郡山に城を構えて大和一国を支配した。本能寺の変の後、山崎の戦では国人衆の去就をはかりかね、郡山城に籠城して光秀に援軍しなかった。豊臣秀吉(1537-98)からもその武力を重視され、大和守護を安堵された。