増田長盛像(『肖像集 八』より)
(国立国会図書館ウェブサイトより転載)

増田長盛 ましたながもり

1545-1615(天文14-元和元)

豊臣秀吉に仕え、豊臣氏の重臣となった。文禄4年(1595)羽柴秀保(1579-95)の死去により、その居城大和郡山城を与えられ20万石を領有した。秀吉の死にあたって五奉行の一人に数えられ、豊臣秀頼(1593-1615)を補佐した。関ヶ原の戦では西軍に属し、大坂城で留守居を務めた。戦後所領を没収され、高野山に追放、のち武蔵岩槻へ配流された。大坂の陣後、子の盛次が大坂方にあったため死を命じられ自害した。