称念寺太鼓楼
称念寺は、今井兵部が一向宗を布教するための道場として建てた。

今井兵部 いまいひょうぶ

生没年不詳

近江河瀬城主の一族。河瀬兵部丞または河瀬八郎兵衛尉宗綱ともいう。はじめ浅井長政(1545-73)に仕えたが、浅井家が織田信長(1534-82)に滅ぼされた後は得度して石山本願寺の顕如(1543-92)に仕え、今井に念仏道場を建てた。後に豊臣秀吉(1537-98)に仕え、河瀬姓を改め今井兵部と名乗ったという。また、その子の富綱も父に従って今井に入り、今井町の整備に尽力した。