水野勝成像
(所蔵および写真提供:広島県福山市 賢忠寺)

水野勝成 みずのかつなり

1564-1651(永禄7-慶安4)

水野忠重(1541-1600)の長男。天正12年(1584)小牧・長久手の戦の時より父忠重と対立し、諸国を遊歴。翌13年(1585)には豊臣秀吉(1537-98)に仕えた。その後、徳川家康(1542-1616)の配慮で父と和解。大坂夏の陣の功績により大和郡山藩主となった。福島正則(1561-1624)改易後は備後福山藩主となり、福山に城下町を築いた。隠居後も福山の発展に尽くし、のちに聡敏神社にまつられた。