松平信之 まつだいらのぶゆき

1631-86(寛永8-貞享3)

松平忠国(1597-1659)の次男。当家はいわゆる「十八松平」(松平庶流諸家)のひとつ、藤井松平である。延宝7年(1679)播磨明石から8万石で大和郡山へ転封。翌8年(1680)城下が大火に見舞われたため、その再建に当たった。貞享2年(1685)老中就任にともない、下総古河へ転封となった。