信貴山城跡
信貴山城天守跡。松永久秀が最期を迎えた。
(写真提供:NPO法人信貴山観光協会)

信貴山朝護孫子寺
(写真提供:信貴山朝護孫子寺)

信貴山城 しぎさんじょう

現在の生駒郡平群町の信貴山に築かれた城。大和・河内国境に近く、南北朝時代に度々砦が築かれた。天文5年(1536)大和に進攻した木沢長政(?-1542、河内畠山氏家臣)が本格的な築城をおこなった。天文末年には松永久秀(1510-77、三好長慶家臣)が大修築をおこない、大和の北入口に築いた多聞城とともに大和支配の拠点とした。織田信長(1534-82)に反旗を翻した松永久秀・久通(?-1577)父子は信貴山城に拠ったが、織田信忠(1557-82)の攻撃を受け落城した。それ以後城は放置され今日に至っている。南北朝時代に楠木正成が一時拠点にしたともいわれ、信貴山の南東中腹に位置する朝護孫子寺(信貴山寺)には正成所用と伝えられる武具が所蔵されている。また、同寺所蔵の国宝「信貴山縁起絵巻」は特に著名である。