松永久通 まつながひさみち

?-1577(?-天正5)

松永久秀(1510-77)の子。父から家督を譲られ、松永氏の大和支配の拠点多聞城を預かった。永禄8年(1564)久秀に従って将軍足利義輝(1536-65)謀殺に加わった。永禄11年(1568)織田信長(1534-82)が足利義昭(1537-97)を奉じて入京すると、子2人を人質に差し出して(これを久秀の甥松永金吾の子とする説もある)その配下に入った。この間、対立した筒井方を攻めるため、大和各地を転戦した。天正5年(1577)信長に背き、大和信貴山城を攻略されて父とともに自害した。