奈良女子大学正門
江戸時代にはこの場所に奈良奉行所があった。
(写真提供:国立大学法人 奈良女子大学)

中坊秀祐 なかのぼうひですけ

?-1609(?-慶長14)

はじめ松永久秀(1510-77)に仕え、次に羽柴秀長(?-1591)・秀保(1579-95)、後に筒井定次(1562-1615)に仕えた。島清興(左近)(?-1600)と対立し、讒言によって清興を追放したという。慶長13年(1608)徳川家康(1542-1616)に定次の不行跡を訴え、これが原因で定次は改易となる。その後幕臣となり、奈良奉行に任じられたが、翌14年(1609)伏見にて定次の旧臣に暗殺されたという。