日野輝資 ひのてるすけ

1555-1611?(弘治元-慶長16?)

戦国・安土桃山・江戸初期の公卿。権大納言広橋国光の子であったが、永禄2年(1559)に天皇の侍従となり、その後日野家の家督を継ぐため養子となる。天正元年(1573)、織田信長に攻められ、以後はその軍門に降った。翌天正2年(1574)に信長が蘭奢待切り取りを所望した際には、これを天皇に上奏する役を担う。天正15年(1587)に権大納言に任命された。53歳で出家し、晩年は茶道を好み徳川家康に文学を講じたという。一説に、元和9年(1623)まで存命したともいわれる。