中坊秀祐 なかのぼうひですけ

?-1609(?-慶長14)

安土桃山・江戸初期の武将。もとは豊臣秀次・秀保の家臣であった。大和吉野郡(奈良県吉野郡)に3500石を拝領したのちに伊賀上野城(三重県伊賀市)主筒井定次に仕える。定次が改易されたあとは奈良奉行に起用されたが、慶長14年(1609)2月29日に定次の旧臣によって京都伏見で暗殺された。一説には、徳川家康は勅許を得て東大寺正倉院の宝物である蘭奢待を切り取ったとされ、秀祐はその際に勅使の応対役を任されたと伝わる。