県犬養三千代 あがたのいぬかいのみちよ

?-733(-天平5)

藤原不比等の妻であり、光明皇后の母。県犬養宿禰東人の娘で、元来は中流貴族の出身であったが、不比等と結んだことで女官として宮廷に大きな影響力をもった。不比等の第一女宮子を文武天皇の夫人とし、その子首(おびと)皇子(聖武天皇)に自身の娘光明子をとつがせ、その立后に尽力した。和銅元年(708)、天武天皇から聖武天皇までの六代の天皇に仕えた功により、橘宿禰の氏姓を与えられた。