十一面観音 じゅういちめんかんのん

興福寺西金堂の十一面観音像については、『興福寺流記』・『興福寺濫觴記』に似た逸話が書かれている。これらの記述によると、この十一面観音像はもともと施眼寺に安置された仏像であった。しかし盗賊により盗み出され、泥の中に投げ捨てられていたところを寿広が見つけて興福寺西金堂に安置した。当時は厨子に入れられた状態であり、帳を閉ざしたままであった。治承4年(1180)に興福寺が焼失した際には、厳宗という僧により救い出され、元暦元年(1184)の西金堂再建の際に再び安置されたという。この逸話の真偽は定かではない。また、以降の十一面観音像の詳細も不明である。