『春日権現験記絵』巻二
宇治栗駒山における興福寺衆徒と朝廷の軍勢の戦い
(所蔵および写真提供:宮内庁三の丸尚蔵館)

大衆 だいしゅ

衆徒などとも呼ばれ、平安時代以降に興福寺などの大寺院に仕えた僧侶のことを指し、寺院において学問を修める中心的な存在であった。もとは僧兵と区別されていたが、大寺院が武力を保有するようになると大衆も武力を持つようになり、僧兵と同一化していく。興福寺では室町時代に大衆が寺院の実権を握り、筒井氏などに従って独立した武装組織となっていった。