興福寺五重塔
(写真提供:奈良市観光協会)

『大和名所図会』
(所蔵および画像提供:奈良県立図書情報館)

興福寺五重塔 こうふくじごじゅうのとう

天平2年(730)興福寺の創建者藤原不比等の娘である光明皇后により建立された。平安時代の平重衡による南都焼き討ちをはじめとする5度の焼失にあう。現在のものは応永33年(1426)に再建された。木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で2番目の高さを誇る。明治時代のはじめには、廃仏運動により興福寺全体が廃れ、五重塔も売りに出された。一説に、金具を取るために焼かれようとしていたところ、延焼を危惧した近隣住民の反対により危うく難をのがれたという。