多聞城跡

『大和名所図会』
(所蔵および画像提供:奈良県立図書情報館)

多聞城 たもんじょう

大和に進攻した松永久秀(1510-77)が、現在の奈良市法蓮町の多聞山(旧称眉間寺山)の山上に築いた城。四層の多聞櫓をもった独創的な構造の城郭で、これが天守をもつ近世城郭の発祥とされる。宣教師フロイスが執筆した『日本史』にもその様子が記されている。その後織田信長(1534-82)の手に帰し、大和守護となった筒井順慶(1549-84)によって解体された。石垣は郡山城に運ばれたため、ほとんど遺構はみられない。現在は城跡に奈良市立若草中学校が建てられている。